出土品は上黒岩岩陰遺跡考古館に展示 ≪愛媛県・歴史・学生≫

上黒岩岩陰遺跡・1961年に近在の中学生によって発見されて一躍有名になった遺跡である。発見以来1970年まで、5次にわたって発掘調査が実施された。

その結果、第1層から第9層まで遺物が包含されており、縄文時代草創期から縄文時代後期までの1万年近くにわたって使用されてきた岩陰であったことが判明した。

とくに第4層からは縄文時代早期の埋葬人骨が20体を越えて出土しており、これは、石灰岩質が土壌を中和したためにカルシウム分が溶け出さずに保存された結果と考えられる。また、最古層の第9層からは、縄文時代草創期の細隆線文土器、有舌尖頭器、削器、礫器、礫石に線刻した岩版などが一括して出土している。

注目される遺物としては、先の尖った骨器(投槍)が刺さっていたのささった20~40歳の男の腰骨や女神像線刻礫がある。

「ヴィーナス像」とも称される女神像線刻礫は、鋭利な剥片石器を用いて女性像を礫に描いたもので、信仰の対象だった可能性が指摘されている。この種の像が出土したのは日本では上黒岩岩陰遺跡が初めてであった。同じ地層からはおよそ1万2千年前の、発見当時としては世界最古級の土器も出土した。
update:2009年10月09日